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広川泰士<<写真家>> インタビュー大地も人も写真も振動している

キーンと音が聞こえる。星の音なのか、大地の岩の音なのか・・・。
2002年春、広川泰士写真展「TIMESCAPES ─無限旋律─」が、東京都写真美術館で開かれた。

広川氏の大判の写真を前にしていると、
言葉にならない‘音’が、どこからともなく頭の奥で響いているように感じられた。

砂漠にそそり立つ巨大な奇岩と幾筋もの星の軌跡が濃密なモノトーンで映し込まれている。
人類誕生前、そして、滅亡後の様をも思わせるその圧倒的な風景は、
アメリカ、オーストラリア、モンゴル、アフリカなど、
12年の歳月をかけて世界各地で撮影されたものだ。

ますます加速化する日常生活の‘時間’の中で、
無限の時間と宇宙の広がりをフィルムに映し込む写真家・広川泰士氏の想いを訊いた・・。

 

< 長いスパンの‘時間’を写す >

– 広川さんは普段は、コマーシャルの写真をお撮りになっていますが、風景を撮り始められたきっかけは、何だったのですか –

僕が最初に写真に興味を持って、撮り始めたのは、やはり人や風景だったりするので、たまたまそういうジャンル分けになってしまいますけれど、写真を撮るスタンスは、風景でも人でも変わらないんです。これは、日常的なスナップでも、砂漠へ行って風景を撮るにしても、気持ちとしては、全然変わりません。

僕は別に広告のカメラマンになろうと思って、写真の世界に入ったわけではなくて、写真が面白くて、たままた生業として広告をやるようになったので、風景を撮るというのは、わりと初心に近いことです。昔、車でアメリカをドライブしながら、気が向いたときに車を停めて写真を撮ったり、そんなことも好きだったんです。誰からも指示されないで、自分の気持ちのままに撮るというのが基本にあります。

もともと仕事として広告をやっていて、気分を入れ替えて、何かのきっかけで風景や自然を撮ったりということではなくて、むしろ逆に、こっちの方が先にあって、仕事として依頼されるものを受けているうちに、雑誌やファッションや広告や、最近はテレビコマーシャルなんかでフィルム回したりすることもありますけど、そんな風に広がっていったっていう・・・自分としては、むしろ逆なんです。

 

– 写真というのは、‘瞬間’をとらえるものですが、広川さんの写真を拝見すると、その中に長い時間というか、‘永遠’のようなものを撮り込もうとする意図を感じるのですが –

気ままにスナップを撮っているうちに、いろいろな場所に足を踏み入れていって、例えば、ジャングルに覆われた、ほとんど自然に帰ろうとしている遺跡とか、砂漠へ行って、とてつもなく巨大で、奇怪な形をしているもの凄い岩の造形を見てしまったりとか。それは、たいへんな長い時間をかけて作られたものじゃないですか。そういうものを見たとき、理屈じゃなく、どうしても‘時間’というものを感じざるをえなかったんです。

我々の考えている、一日24時間だとか、人間の一生が70、80年間というものを、遙かに越えた長い時間の単位がもともとあって、我々は、その長い時間の間を、草が生えては枯れていくように、ただただ生きては死んでいくということの繰り返しなわけじゃないですか。そういう時間の違いというか、価値観の違いというのを、徐々に感じるようになって、そういうものを写したくなってきたというのか・・。

写真というのは、もともと、時間と切っても切れないものだと思います。「決定的瞬間」という言葉があるくらいだし(笑)、一瞬を止めるという意味合いもあるし。僕は、長い時間というものを写せないかなと思ったんです。「TIMESCAPES」というタイトルのとおりに、‘時間’がテーマなんです。しかも、長いスパンの時間が。それをヴィジュアルとして、見せられないかと考えて、結局、昼の光と夜の光で二重露光することに行き着いたわけです。これは実は、僕の大変尊敬する先生がいて、写真とは関係の無い方なんですが、ある時14~5年前でしょうか、午前6:00と8:00、午後の6:00と8:00に同じ方向に向かって定点で写真を写してみるように言われたんです。その時は訳も解らずそのとおりにしていたんですが、今考えるとそれが「TIMESCAPES」の原点だったんじゃないかと思います。

岩の写真を撮るわけですけど、その岩も何億年、何十億年かけて、今の形になっていて、しかもまだまだこれから変わっていく過程にあって、どんどん変わっていくんだろうけれど、我々が見ているものは、動かないものとして、そこにあります。でも、あの岩というのも動いている一つの瞬間だと思うんです。それとすごく分かりやすい形で、地球の回転ということで、星の軌跡があって・・。それを、昼と夜の一枚の絵にするということに行き着いたんです。やることは、ものすごくアナログで単純なことなんですけどね。

 

< 呼ばれるように、モンゴル、中東、アフリカの岩場へ >

– 12年の歳月をかけて、いろいろな場所に行かれていますね。その場所の選択は、どのようにされたのでしょうか –

最初は、人工物である遺跡にも興味があったんですが、だんだん人間の手が一切触れていない岩に惹かれたんです。そして、岩を求めていろいろな場所へ出かけました。最初は、例えばアメリカだと、アリゾナ、ユタあたり、モニュメントバレーとか、カリフォルニアも行きましたね。オーストラリアも、エアーズロックがあるような場所へ出かけていきました。

そのうちに、今お話した二重露光というのに気が付いたんですけど、やってるうちに、何か呼ばれるように、次から次へと自分の目の前に情報が出て来るんですよね(笑)。始めは、行きやすいから、アメリカとかオーストラリアが多かったんですけど、そのうちに、モンゴルとか、中東、アフリカとか、たまたま機内誌で見たものに目が止まったりとか、テレビの特集番組でそういう風景を見てしまうとか、ちょっとしたことがきっかけで、何か呼ばれるように。入り口は小さいんだけど、すごく広いところへ導かれるというか。大使館へ行って調べたり、あとは日本に大使館がないような所は直接ファックスしたりして・・。

パキスタンに行こうと思ったのは、『National Geographic』を見ていたら、岩場の砂漠の写真があって、イランの方にまたがって広がっている砂漠だったんですけど、そこには治安の問題があって行けなかったんです。それでも、パキスタンの大使館へ行って、人を紹介して貰って。ああいう場所は、領主制度があるので、国の許可を貰って大使館通して行っても、現地へ行くと、王様が沢山いるようなところで、そこを統括している家系みたいなものがあるんです。ですから、そこへお願いに行かないといけないんですけど、たまたまそういう所につてのある現地の人を紹介の紹介でお願いして・・という感じでしたね。

逆に、そうやって繋がるとすごく早くて、警察も軍隊も自分のところで持ってるような人ですから。そういう所で一泊とめてもらって、ご馳走になって、「お宅の土地で写真を撮りたい」とお願いするんです。土地って言ったって、東京都ぐらいの広さなんだろうけど(笑)。そうすると、次の日、家来を2人つけてくれて・・。現地では、先ず場所探しから始めるんです。行ってみないとわからないですからね。だいたいいつも二週間かけて撮影するんですが、先ず、一週間ぐらい場所探しに費やして、残りの一週間を撮影に使うんです。いつも、ドキドキするんですよね、果たして撮影できるような岩があるのかって(笑)。でも、なんとかどうにかなって、帰ってくるんですけどね。

 

– 数年前に「聖地」に関するエッセイを書いていただきましたが、その中で書かれているように、後で気が付くと、撮影に選んだ場所がその土地のネイティブの人たちにとって聖地であったということは、よくあるのでしょうか –

ええ、多いですね、そういうことは

 

– それは撮影するのに魅力のある岩や場所が、何か力を持っていたということでしょうか –

ええ、そうなんでしょうね。こじつけになるかもしれませんが、地下資源が豊富な所が多いですね、聖地とされている所は。地下資源にも色々ありますけど、ウラニウムとか、危ないものがあったりすることが多くて(笑)。でも、それが地中にあるから良いんで、よく、磁場が強いとかなんとかって言いますけど、僕はよく分かんないんですけど、確かにすごく気持ちよくなったりっていうのは、あるんですよね。

最初は失敗を繰り返して、カメラも特別に作ったりということがあったんですけど、ある程度、システムが出来上がると、そういう場所に出かけていくことの方が、面白くなっちゃって、毎年楽しみにしていたんです。 写真を撮るというのは、むしろ口実のようになって(笑)。

 

– むしろその場所を体感したいと –

そうそう(笑)。僕は、もともとアウトドアの人間ではないし、日本ではキャンプとか行ったこともないんです。最初は無謀にも、寝袋も持たずにそういう場所に出かけて行ってますから、かなりひどい目に遭って、夜寒くて寝られなくて死にそうになったりして(笑)。それで、次は寝袋持って行こうとか、一つづつ覚えていったんです。

 

< 人類誕生前、そして、滅亡した後の風景 >

– 今回の写真集は、12年の歳月がかかっていて、その間ずっと、同じ意図を持ち続けて、撮影を続けるというのは、すごいことだと思います –

なんなんでしょうね(笑)。なんでそうなったのか、自分でも分からないんですけどね。何かすごい強い力でつき動かされたというか、やらされたような気がしますけど。

 

– その間、社会の雰囲気も変わってきていると思うのですが、社会的な変化については、どのようにお考えですか –

やっぱり世の中平和になって欲しいですね。いつでも、行きたい時に、行きたい場所に行きたいし、会いたい人に会いたいと思うんだけれども、それが、今すごく出来ない、困難な状況じゃないですか。昔はまだ、これから良くなるんだという幻想があったかもしれない。今は、大変な状況ですよね。世の中が、暴力で覆われているというか。ごく一部の富と権力を持っている人達が、あからさまに暴力に訴え始めた。イスラエルの問題もそうだけれど、アメリカもそうだし。すごく、ある意味で残虐な時期だと思うんです。

僕も砂漠へ行っていて、どうしても、過激派とか原理主義というのに結びつく所が多いので、その為に断念した場所というのが随分あるんです。内戦で行けないという。去年4月にパキスタンに行きましたけど、そこも今は、行けないんじゃないかと思います。

そういう意味で、状況が変わってきていると思いますね。だから、どうしたらいいんだろうな、どうにかならないんだろうか、って思うんですけどね。暴力が世界を覆っていて、どんどん最悪な状況になっていますよね。

 

– 日本全国の原子力発電所を撮影されたシリーズ「STILL CRAZY」も印象的でした。私たちの時代が、廃棄物という何万年もの汚染物質を残していて。これもある意味で、‘時間’を写す作業ですね –

「STILL CRAZY」に関しては、定点観測の前半を撮ったという気持ちなんです。あれが、一応40年経ったら運転を停止して、解体するという決まりがあるので、一番古い東海原子力発電所は、運転を停止してるんですよね。でも、解体方法は、まだよく分かってない。結局、廃棄物処理にしても、解体にしても、よく分からないのに、見切り発車しちゃったわけです。運転してる40年間でどうにかなるだろうと。でも、40年経った今、まだ分かっていない。相当無謀なことをやってると思うんです。しかも、お金がものすごくかかる。お金がかかるというのもそうだし、汚染が残るというのもそうなんだけど、すごい負の遺産を、ものすごい後の世代にまで残してしまうことになったわけですからね。でも、もうそれがあって、そこからの電気で我々は生活しているわけだから、全く否定するわけにも、後戻りするわけにもいかない。これから、どうしたらいいのか。もちろん、ソーラーとか風力というのは、当然やっていくべきだと思うけど、今あるそういうものを、どうしていくかってことにも、前向きに取り組まなくちゃいけないと思いますね。

 

– 「TIMESCAPES」で撮られた風景というのは、この風景を後世に残したいというようなお気持ちはあるのですか –

そうではないですね。でも、僕自身がガーンとショック受けたというか、結局、あれは、我々が住んでいる地球の風景なんですよね。俺達は、こういう所にいるんだよっていうのを見せたかったというのはありますね。僕も含めてそうですけど、都会に住んでる人間というのは、それこそ、虚弱児が入っている保育器の中に、産まれてから死ぬまで入ってるようなものだと思うんです。非常に特殊な状況の中で、産まれて死んでいくわけです。蛇口をひねれば、水だけじゃなく、お湯まで出る。スイッチ入れれば、電気がつく。それは、どこからどうやってきて、どうなるのかということを考えないで、当たり前に生活してますけど。

でも、それを地球ということで考えると、ピンポイントの点でしか、人間は生きられないわけです。ちょっと勘違いしてるのは、人間は自然を征服して、自分たちのものにしたかのように思ってるかもしれないけれど、実は、ものすごく弱い存在で、点みたいな所に、身を寄せ合って暮らしてるわけじゃないですか。それより、圧倒的に広い面積というのは、人間が住めない場所で、その方が多いわけですよね。僕は、たまたま乾燥地帯ばかり撮ってるけど、密林とか、山岳地帯というのもそうですよね。

 

– 写されている風景は、ずっとあって、人類がこうして生きている時代は、時間的にも点なのかもしれませんね –

ええ、そうなんですよ。あれは、人が全然登場しないですけど、人類誕生前と、もしかしたら滅亡した後も、同じ風景じゃないかと、自分で思っちゃうんですよ。その両方の意味が、僕にとってはあるような気がする。だから、自然を大切にしようとか、この風景を後々まで残そうというようなことは、毛頭なくて、ただただ、自分が体験したり、見てきたものを、こうやってこっちに映して見せているという。僕は、間に入るレンズみたいなもので、自分が脚色したり、フィルターをかけたりして、増幅してものを見せたりというつもりはないんです。

 

< 土地も人も、写真も振動している >

– では、たとえば、「今の社会には暴力が溢れていているから、そうではない方向にもっていきたい」というようなことをメッセージとして、写真で伝えたいということではないということですね –

それは、やっているうちにそう思っているんですよ。でも、たぶんそういう思いで作っているものが、映像としても、言葉としても、実際出てこないけれど、そういう‘波長’が伝わったらいいな、という気持ちはすごく強くあります。もちろん、作品を見る人が、受け手が、どう受け取るか分からないけど。

たとえば、音楽でも、歌詞に意味を込める人もいるけれども、メロディだけで、という人もいるわけで。それで充分伝わることもあると思うんです。音楽が映像になっただけで、僕はそれと同じだと思っていますね。

 

– 「TIMESCAPES」や以前の「惑星の音」を拝見していても、音が聞こえてくるように感じます。音楽と映像が共有するものがあるという感覚は、ずっとお持ちなのですか –

ええ、そう思います。波長という意味では、同じだと思うんです。声もそうですけど、発するというのは、ものの振動じゃないですか。ヴァイヴレーションですよね。土地とか人とか、みな振動してると思うんです。それが共鳴し合う、そういうことで世の中は成り立っているような気がしていて、僕の写真も振動していると思うんです。その振動を、接した人が受けて、共鳴したり、不協和音になることもあるでしょう。それが、また伝わっていくというのを、目に見えない世界ですが、僕は信じるんです。

例えば、音楽を聴いて、涙することもあると思います。僕は、そういうことを望んでいるし、理想だと思ってるし、そうあってほしいなぁと思ってますね(笑)。

 

– それは、人物をお撮りになってる時も、同じですか –

そうですね。僕、人を撮る時も、あまりしゃべらないんです。多少は、話すけど、そんなに饒舌にはならないんです。でも、カメラが間にあって、やりとりしていると、お互いに何か分かるんですよね。撮られる方も、分かってくれていると思うし。なんか、医者みたいなもんですね。医者と患者の関係みたいな感じかな、人の写真を撮るっていうのは。あまりこわがらせちゃいけないし、空気のような存在にならないと、心が開かないし。それに近いかな・・。

 

– 奥義ですね(笑) –

いや、よくわからないけど(笑)。でも、自分で言うのもなんだけど、僕が撮るポートレートは、結構、‘その人’が出た写真が多い、自然な感じの表情になりますよ。

 

– そうすると、普段のポートレートや広告などお撮りになる活動と、風景写真は、完全に繋がったものなのですね –

ええ、自分の中ではね。でもそれは、対局にあると思うんです。それでも、自分の中では繋がっていて、そこを行ったり来たりしていて、それが自分にとっても刺激になるし、エネルギーにもなってると思うんです。「TIMESCAPES」では、大きく振れすぎちゃったんで(笑)、今度は、もうちょっと足下を見るというか、もう少し身近なものを撮るかもしれません。

 

– こういう暗い世の中ですが、‘希望’を撮影してください、とお願いしたら、どういう写真になりそうですか –

僕が、‘希望’を写すとしたらですか?人間じゃないですかね。人を信じる事じゃないでしょうか。人には、興味があるから。

「STILL CRAZY」とか「TIMESCAPES」とか見せると、人嫌いじゃないかと思われちゃうんですよね(笑)。そんなことなくて、すごく人に興味があって、人を撮ると言うことが、希望に繋がるのかもしれないですね。

 

(インタビュー&テキスト 江坂健)